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林亮次-1 志野 箱と付属品 [志野]

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 先日来ご紹介している志野茶碗の箱と付属品です。

 所謂「共箱・共布・栞付」というヤツです。写真では写っていませんが箱の蓋は四方桟になっていますし、箱の紐は単なる平紐ではなく袋紐で、箱には分厚い和紙(美濃紙か?)のカバーまで付いています。これだけ揃えば、こういう物に初めて接する私にとっては破壊力抜群です。いやぁ、萌えますねぇ。(笑)

 蓋に「亮」という作者名と印があります。「亮」の書体は茶碗の掻き名とそっくりなので、この箱が共箱であるのは間違いないと思います。また、印は共布にも押してありますが、それによって共布を洗濯できないのが、一般庶民の私としてはむず痒い所です。

 今にして思えば、箱が組箱で、木釘が打ってあれば更に良かったですし、栞に書かれた「陶歴」に生年月日以外にも年号が入っていれば作者を更に理解したり茶碗の製作時期を特定するのに役立っていたでしょう。でも、まあ、上を見たら切りがありません。

 とにかく、こうした萌える付属品の存在も、これ以降に私が茶碗コレクションに走る一つの原因にもなった訳です。

おわり








林亮次-1 志野 細部 [志野]

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 林亮次の志野茶碗の細部を拡大して見ています。私がニキビと読んでいる穴がお分かりになるでしょうか。

 これ、どうも中から何かが吹き出て来た跡に見えます。ですから構造的にはニキビと同じです。で、このニキビを他の茶碗でも見た事があるような気がして、ちょっと探してみた所、信楽焼の茶碗でもそっくりな跡を見つける事が出来ました。

 私が推測するに、これは陶土に含まれる何かが、窯で焼かれた際に高温で沸騰して、溶けた釉薬を突き抜けて吹き出て来た跡なのではないでしょうか。ですから、信楽焼のように高温で焼き締める焼物(炻器)に多く見られ、逆にそこまで高温にはしない陶器では余り見られない現象なのだろうと思います。
 つまり、林亮次のこの志野茶碗は、信楽焼等の炻器に匹敵するぐらいの高温で焼かれたのだろうと推測出来ます。非常に興味深い話です。

 このように興味深いニキビなのですが、茶碗としての実用性の面では今一つです。見込みの底の方には、このニキビと通常の気泡の両方の穴が多く開いていて、抹茶を飲んだ後に、その穴の中に抹茶の粉が残ってしまうのです。こうなると、茶碗を洗う際に指で擦ったくらいでは穴から抹茶が出て来ず、爪楊枝で穿ったり、硬めの絵筆で穿ったりしないと綺麗に取れません。
 いっその事、透明漆か何かで見込みにある穴を全部塞いでしまおうかなどど考えたりもするのですが、まあ、手間を掛けて茶碗を洗うのも、趣味の茶の湯の一部でしょう。今の所、茶碗のオリジナルの状態を尊重して何もしていません。

つづく








林亮次-1 志野 高台と掻き名 [志野]

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 林亮次の志野茶碗の高台と、掻き名部分の拡大です。どちらの写真でも、茶碗正面は上にしています。

 高台周辺は、畳付も含めて全面に釉薬が掛かり、地の土は全く見えません。けれども、釉薬の気泡やら釉薬その物の凹凸やらで、景色としては随分と荒々しくなっています。高台は真円に近いですが、かなりラフな削りで、しかも高台内のセンターが微妙にずれた三日月高台になっています。兜巾はあるようにも見えますが、釉薬に埋まって良く分からなくなっています。この辺も景色の荒々しさを助長しています。
 色調に関しては他の部分と同じく、全体にマットな色調ながら、白い部分と緋色の部分のコントラストが綺麗です。イイですねぇ。

 下の写真は掻き名の拡大ですが、やはり釉薬に覆われていて判別し難くなっています。多分「亮」という字の変形だと思われます。
 で、実は林亮次の掻き名には幾つものパターンがあって、それが製作時期の違いに由来するのか、はたまた本人作 or 工房作品の違いに由来するのか、或いは別の理由によるものなのか、良く分かりません。ただ、どの掻き名も何となく雰囲気は似ていて、素人の私でもある程度は本物かどうかの判断が出来ます。まあ、真贋云々と言っても、中古でこれぐらいの価格の作品の偽物を作って売ったとしても、多分採算は合わないでしょうから、故意に作られた贋作は存在しないのではないかと思います。

つづく








林亮次-1 志野 見込み [志野]

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 林亮次の志野茶碗の見込みです。この写真では、正面を下にしています。

 見込みでは、緋色が多く出ている部分は正面裏側の対面になっています。一方、茶碗の外側で緋色が多くを占めるのは、写真向かって右側の掻き名側でした。緋色が出る部分が、見込みと外側で違ってくるのは、いったいどういう原理によるものなのでしょう? 私は茶碗の製造方法には全く疎いので、こういう事が不思議でなりません。この違いが、作者の意図によるものなのか、それとも偶然なのかも良く分かりません。
 でも、茶碗を正面から手前にひっくり返していって最初に目に留まる見込みの景色に、渋い緋色とニキビの部分が来ているというのは、良く出来た演出になっていると思います。

 上から見た茶碗の形は、僅かな歪みはありますが概ね真円になっています。また、口縁部の作りは均一で、特に飲み口が設定されているようには見えません。ですから、作者としては何処から飲んでもいいようにしているのだと思います。茶碗の何処から飲むかは使う人や流派、場面夫々で違う訳ですから、こういう作りで良いと思います。

 余談ですが、茶道の特定流派で、茶碗の正面に向かって右90°の部分に口を付けて飲むのは、茶碗の正面に対して敬意を払っているからだという話があるそうです。だとすると、その部分に茶碗の作者自身が飲み口を作る場合というのは、作者がユーザーに対して「俺の作った茶碗の正面に敬意を払って、横から飲め!」と言っているようなもので、それは作者の態度として如何なものかと感じます。
 一方、右90°に飲み口を作るのは、茶道の特定流派の茶会の席上で茶碗を漱いだお湯を捨てるのは、正面向かって右90°の部分からになるので、そこに飲み口があると、お湯を捨てると同時に飲み口が漱がれて都合が良いからだという話もあります。こういう話なら、まだ合点がいきます。ただ、内部を漱いだお湯を流すだけで飲み口を漱いだ事とするという特定流派の所作も衛生的にどうなん? という気がします。また、こういう所作は流派や個人によって違うでしょうから、特定流派の特定所作にだけ合わせた作りにするのは、作者自らユーザーを限定してしまうだけに惜しい事だと思います。まあ、自分一人で抹茶を楽しんだり、茶道に縛られずに自由に抹茶を楽しむ分には、どうでもイイ事ではありますが。

つづく








林亮次-1 志野 左右側面 [志野]

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 林亮次の志野茶碗の左右側面です。上の写真が掻き名側(正面に向かって右側)、下の写真がその反対側(正面に向かって左側)です。

 掻き名側は緋色が入った面積が大半を占めます。そこに釉薬の流れがあり、ニキビも見られます。かなり渋い景色です。反対側は白いままの部分が殆どで、そこにちょっとだけ鉄絵が入っています。こちらの方はニキビではなく気泡の方が多く開いているように見えます。
 この左右の違いは非常に興味深いと思います。緋色の入り方や、気泡 or ニキビの開き方が対照的で、ともすれば別の茶碗のようにも見えます。一つの茶碗で対照的な景色を同時に楽しめるのも、茶碗鑑賞の醍醐味の一つではないでしょうか。

 ・・・この二つの写真では、ホワイトバランスなのか露光なのか分かりませんが、写真として少し色調が違ってしまいました。コンパクトデジカメのフルオートで撮っているので、ほとんどカメラが勝手にやってしまっています。この辺の私の撮影技術のなさは、今後も含めてご容赦下さい。m(__)m

つづく